一見破天荒な僕が、敷かれたレールの上を走る理由

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ガーナに留学したり、暇があれば旅行に飛び出したり、いきなりニュースサイトに記事書き始めたり、バカみたいにブログ書いてみたり、

下手したら1年休学して世界一周とか旅立ってもおかしくないような僕が、

なんだかんだ大学の制度を使って海外に留学して、ストレートで医学部を卒業しようとしているのはなぜか

常に人と違ったことをしていたい僕が、このまま東京医科歯科大学で研修しようと思っているのはなぜか

 

今回この記事では、

「人の敷いたレールを行くな」

という言葉について考えたい。

 

僕はこの言葉が、

「人が敷いたレールをなんの考えも無く、ただ漠然と進むようなことはするな」

の略ならば、

完全に賛成である。

 

 

 

ただ、世の中には、

それこそなんの考えもなく、

「人の敷いたレール」を避けたがっているだけ、ただ人と違ったことをしていたいだけ、の人が多いように思えてならない。

そして、恥ずかしながら僕も以前はそのような行動原理だった。

やはりいつだって誰だって「隣の芝は青い」のだ。

 

確かに、漠然と人の敷いたレールを走るのは良くない。

しかし、

僕は、「考えさえしっかりしていれば、人の敷いたレールを活用すべきだ」と思う。

 

なぜなら、そうすることが自分の目的地に辿りつくために、効率のいい方法だからだ。

 

 

 

 

自分の卑近な例を挙げさせてもらう。

 

僕には将来やりたいことがある。

そのために、一度数か月間アフリカで生活してみたかった。

 

僕はこの願いを、東京医科歯科大学が敷いてくれていた留学システムというレールに乗ることで、叶えた。

 

もし使っていなかったら、大学を休学するか、自分で自分を受け入れてくれる研究所を見つけ連絡をとり単位交換を大学に認めさせ、渡航費や滞在費を自分で稼がないといけなかった。

かなりの回り道をしないといけないし、必ず行けるという保証もない。

 

しかし、これを人が敷いてくれたレールを使うことで、快適に迅速に多くの人のサポートをいただいて「アフリカで数か月生活する」という目的を達成することが出来た。

 

 

つまり、僕は自分の目的地に行くために使うのならば「人の敷いたレールに乗ってもよい」と考えているわけで、

 

「人の敷いたレールにのるな」

という言葉は言葉足らずだと思っている。

 

「人の敷いたレールを走らない」こと自体が素晴らしい、ということではなく、

 

未踏の地に辿りつくためには、最終的にレールをおりて自分の足で行かなければいけないから、

「自分の足で歩くこと」が推奨されているだけ。

 

最初から最後までの行程全てを、歩いていく必要はない。

 

 

もちろん、「人の敷いたレールを走るのが快適すぎて、必要に駆られてもレールからおりられない」人が多いのも確かである。

僕もそうならないよう、気を付けていきたい。

 

 

 

ということで、

以上が僕が海外で生活するために、ちゃんと大学の留学制度を使う理由で、

休学してどっかに旅立ってもおかしくない僕が、ストレートで卒業を目指してる理由。

 

 

 

若いうちは人が敷いたレールをガンガン使わせてもらって、

そして 、最終的には自分の足で

自分にしか辿りつけない場所までいってやる

 

次郎作
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