研修医の僕が、難病を診断して「その患者の死」を経験し思ったこと

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[Photo by flickr]

(個人情報漏洩防止のため投稿時期はずらすが、経験したその日に記す)

 

現在研修医2年目の僕は、

医師として働き始めて1年がたち、

できることが増えた。知識も増えた。経験も積んだ。

 

当直だって、1年目の研修医の指導役・相談役となって、

検査するのも、帰宅させるのも、上級医に相談するのも、決めるのは自分になった。

 

少しずつ、医者らしくなっていくのを感じていた。

少しずつ、自分が人のためになっているのが実感できるようになってきていた。

 

 

そんなある日、あの当直の日がやってきた。

 

その日は忙しかった。

 

敗血症性ショックの患者が近くのクリニックからWalk-in 外来(歩いてくる患者のための救急外来)へ送られてきた。

蓋をあければ、下部消化管穿孔からの敗血症性ショック。

外科の先生に連絡し、緊急オペとなった。

 

突然の心窩部痛、嘔吐で来院した患者は、

結局、NOMI(非閉塞性腸管虚血症)だった。

門脈(血管内)にもガスがたまっており緊急性が高いと考えて、

夜中1時に自宅で寝ていた外科の先生にお電話で相談し、緊急オペになった。

怖いと噂の外科の先生は、僕のヘタクソコンサルトもあり、ぶち切れ。

それでも、患者さんの命が救われるならなんでもよかった。

 

そのほかにも、アナフィラキシーの患者も、

出血傾向の血小板4000(正常値120,000~400,000)の患者も、入院になった。

 

 

そんな中、そのおじいさんはやってきた。

主訴は、「食べられない、言葉が出ない、体重が減っている」

前回来院時には「不定愁訴(簡単に言うと、よく分からない主訴)」として帰されていた。

症状が出てから、多くの病院、多くの診療科、多くの医者にかかっていたが、

異常は見つからず、現在は精神科を定期受診していた。

 

 

正直僕も、患者さんを目の前にするまで、

(こんな忙しい日なのに。帰ってもらって昼間に詳しい検査をしてもらおう)

と思っていた。

 

入ってきたのは、患者と娘2人。

切迫感に溢れていた。

「一昨日から何も食べられなくなったんです。言葉もかすれちゃって」

「今日からは水も飲めなくなってしまって」

「もう家じゃ絶対みられません、入院して検査してもらえませんか」

娘さんは言った。

 

簡単な問診の後、

採血し、脱水補正の点滴の投与を開始した。

正直に言うと、他に対処すべき患者がたくさんいたので、少し時間を置かせてもらったのだった。

 

上記した患者たちを対処し、時間ができたところで、

点滴が繋がれている患者の元へ行き、問診を再開した。

 

話を聞いているうちに、

(ん・・・?)

何か違和感を感じるようになった。

 

娘「去年から15㎏体重が減ってるんです」

僕「食欲がないんですか?」

本人「いや、食欲はあるんだけど、飲み込みにくいんだ」

本人が、からっからにかすれた声でこたえた。

 

僕「言葉が出ないのはいつからですか?」

娘「2日前です。食事もとれなくなってしまって」

僕「これまで病院はいかれました?」

娘「今はこの病院の心療内科(精神科のようなもの)にかかってます」

娘「それまでにたくさんの病院にかかって、体重減少でCTとか内視鏡検査とかしたんですが全く異常ないって言われちゃって」

それまで、全部別々の病院で、

・全身造影CT

・上部消化管内視鏡検査

・下部消化管内視鏡検査

・PET

まで行われ、高齢者の体重減少の原因として一番に鑑別にあがる悪性腫瘍は否定的とされていた。

 

僕「あれ、今は車いすですが、いつもですか?」

娘「いえ、歩けてたんですが、痩せすぎたのか最近は杖がないと歩けなくなってきちゃって。車いすは病院のです」

僕「飲みこみにくいのは、体重が減りだしたころから出てきたんですか?」

本人「そうなんです」

 

僕「もしかして、声が出ないのって、2日前に突然じゃなくてちょっとずつ声がかすれてきてませんでした?」

娘「!!!」

娘「そうなんです!私は数か月前からかすれてきてるんじゃないかって思ってたんです!」

 

徐々に進行する、

『嚥下障害』

『嗄声』

脳神経系の疾患が関与する可能性の高い症状だった。

 

僕は、丁寧に神経学的所見を取り始めた。

1年目に大学病院の神経内科を2か月まわっていた僕は、そらで神経学的所見を網羅的にとれるくらいには鍛えられていた。

 

一通りの脳神経学的所見をとり、

MMT(徒手筋力検査)をする。

全て4~5。ほぼ筋力は落ちていない。

 

でも、ふとももはかなり細い。

僕「元々腕や足はこんなに細かったんですか?」

娘「痩せてきてがりがりになっちゃって」

 

筋委縮・・・?

じゃあ、反射はあんまりでないかもな・・・

 

腱反射を取り始める。

 

・・・!!!

 

もしや・・・!!!

 

腱反射はかなり亢進していた。

軽く叩いても、筋収縮が誘発される。

 

膝蓋腱反射、アキレス腱反射も亢進。

膝蓋腱反射にいたっては、大腿四頭筋の腱を叩いても収縮が誘発される。

 

これって、反射亢進だよな・・・

 

いつもはとらない、顔面の反射もとってみる。

snout反射なし、口輪筋反射もない。

下顎反射は、微妙。

眼輪筋反射は、亢進・・・?

 

 

その時に、近くを通った一緒に当直に入っていた1年目研修医に話しかける。

そこで初めて、今自分が疑っている病名を口にした。

 

僕「もしかして、あの患者さんプシコ(精神病患者)って言われ続けてきたけど、

ALS(筋委縮性側索硬化症)かもしれない」

 

研修医が「ALS疑っている」なんて救急外来で言ったら、

100%バカにされる疾患名だ。

 

ドラマやマンガなどで取り上げられ知名度こそ上がったが、

発症率は1.1~2.5人/10万人/年の、難病指定の疾患で、

大学病院レベルの病院で、神経内科の専門医の入念な神経診察と多くの検査による他の疾患の除外、によってのみ診断され得る疾患だからだ。

しかし、僕は1年目の大学病院の神経内科の研修中に5人ほどALSの患者を診察した経験があった。

 

 

1年目の研修医は、真面目に答えてくれた。

「じゃあ、あれとかあるんですか?勉強したことあるんですけど・・・」

「あ、線維束攣縮ってやつです!」

僕「確かに!神経内科の先生も線維束攣縮はある程度特異的って言ってたな!」

 

患者のもとにもどり、全身の診察を再開する。

腕まくりしてもらい、両上腕二頭筋をみる。

ピク、ピクピック

 

ズボンをまくり、両側の大腿四頭筋をみる。

ピクピク

 

口をあけてもらい、舌を観察する。

ピクッピクピク

 

舌にも萎縮がある上に、線維束攣縮がある・・・

 

 

 

ALSの基本病態は、

「多領域での上位ニューロンと下位ニューロン障害の両方がみられること。そして、運動ニューロンに異常が限局する(感覚には異常がでない)こと。」

神経内科の疾患多しと言えど、こんな病態はあまりない。

 

筋委縮と線維束攣縮は下位ニューロン障害を示唆し、

腱反射亢進は上位ニューロン障害を示唆する。

しかも、嚥下障害も嗄声もALSの球麻痺症状として有名なものであった。

確実に多領域に、上位・下位運動ニューロン障害が出てきている。

そして、感覚障害も全くない。

 

呼吸がやや努力様だったのもあり深く考えず提出していた静脈血ガスを再度見直す。

pHは保たれているも、CO2 60と、換気障害を認める(その後、動脈血ガスでも確認)。

 

え、これ呼吸筋まで症状出てきてない・・・?

 

僕は内科当直の上級医に相談してみた。

上級医「ん~、おれにはよく分からないけど、ちょうど今日は神経内科の先生当直しているし、聞いてみたら?」

と言われたため、

神経内科の先生に声をかけて話を聞いてもらった。

研修医がALS疑いとかバカかよ、と思っていたに違いないが、

真面目に聞いていただけた。

 

神経内科医「分かりました。話を聞いているだけですが、可能性はあると思います。後で、診察してみますね」

そんなことがありながらも、

その後はまた別の患者がきたのでそちらの対応に追われていた。

 

 

 

しばらくして、話しかけられた。

神経内科医「結論から言うと、確かにかなり運動ニューロン疾患(ALS含む)は疑わしいです。しかし、知っての通りALSは除外診断ですので、明日の朝に呼吸機能検査と嚥下機能評価して入院後各種検査することになると思います。」

 

 

やっぱり!!!

これはお手柄だ!!!

プシコ(精神病患者)ってみんなが見逃してきた難病を診断したかもしれない!!!

もちろん、根治出来る治療法のない難病だけど、精神病と言われて放置されるよりはよかったはずだ!!!

 

内科の上級医にも、

「これは先生のファインプレーだね。確実に先生のおかげで診断が早まったんだよ」と褒められた。

 

その日は、30分しか寝れない忙しい当直だったし、

他の患者の対応もダメダメすぎて、正直自信をなくした当直で、

1年目の研修医が、一通りの診察も1人で出来て、言ったことは迅速にこなしてくれる、デキる後輩じゃなかったら絶対対応できなかった当直だった。

 

しかし、

次の日はご機嫌で勤務をこなした。

1日中、

「確かに治療法のない難病だけど、申請すれば医療費も出るし、何よりこれまでみたいに精神病患者として怪訝に扱われることなくなる!絶対いいことした!」

「あれは、大学の神経内科で真面目に勉強したおれにしか診断できなかった症例だ。神経内科医以外だったら、卒後何年のベテラン医師だって真似できない!やってやったぞ!」

有頂天だった。

 

 

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

次の日の夜、その患者は亡くなった。

 

ALSの症状進行による、呼吸筋障害による、換気障害で、

人工呼吸器を導入する以外、人生を永らえる手段はなかった。

 

しかし、事前に説明していた延命処置をご家族は望まれなかった。

僕が診た時点で、呼吸筋障害まで出てきているALSの末期だった。

球麻痺症状がメインで進行が早いタイプだった可能性が高い。

 

神経内科の先生も、

「病歴、身体所見、亡くなった時の病態からもALSでほぼ確定でしょう」

と言い、

家族もそれ以上の病理解剖は望まれなかった。

 

 

 

上級医は、

「先生がALSを疑ってくれたおかげで、急変前に病気の説明や特に人工呼吸器の導入がいずれ必要になるってこと説明できたんだよ。先生がみたタイミングが診断をつけて説明できる最後のチャンスだったんだ、よくやったよ!」

と励ましてくれたが、

 

 

僕は、絶望に突き落とされていた。

 

 

そして、

「これが医者の限界だ」

そう思った。

 

どんな疾患でも診断できる診断の神になろうと、

どんな手術もこなせるゴッドハンドをもとうと、

目の前にあらわれない患者には、何もできない。

 

何度も、

「あと1ヶ月でもいいから早く僕の当直にきていたら・・・」

「今まで関わった医者の誰か1人でも、あの患者を神経内科に紹介していたら・・・」

色んな思いが沸きおこった。

 

 

そして、気付いた。

「あぁそういえば、やっと目の前に来てくれた患者すら、救えなかったんだった」

 

必死に勉強して、経験して、

初めて身に付けた「ALSを疑う力」だった。

 

でも、

治療法のない病の前では無意味だった。

 

夜間の救急外来にその患者があらわれてからは、

ベストの対応は出来たはずだった。

 

迅速に専門家に紹介し、

神経内科の先生からは入院時に、

胃瘻や人工呼吸器の導入がいずれ必要になる病態だという説明もしていただいていた。

 

やってきた時期こそ早かったが、自分の力だけでは呼吸もできなくなるということは、事前に予想され家族へ説明も済んでいたことだった。

 

 

それでもどんどんいろんな思いが湧いてくる。

 

もし、あと少しはやく出会えていたら・・・

もし、あの時診察を他の緊急患者より先にしていたら・・・

もし、

もし・・・

 

おおよそ合理的とは言えないような「もし」が浮かんでくる。

 

 

 

そんな、自責の念に混じって、

その患者のかすれた声が、ふっと思い出された。

 

 

患者「先生は、小児科の先生かい?」

・・・そういえば、なぜか将来の科を言い当てられたんだったな。

 

 

患者「大丈夫だ、先生だって寝ないんだろ?おれもこれくらい余裕だよ」

そう観察室のベッドの横を通る時に話かけられて、

僕『じゃあ、一緒に徹夜ですね!』

なんて冗談を笑顔で言ったんだよなぁ・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

・・・

 

 

 

 

僕は、これから、いくつの死を経験するんだろう。

 

 

 

 

 

人の命を救いたいと医師になった僕は、

あと何回、死にゆく患者の前で立ち尽くせばいいんだろう。

 

 

 

 

 

 

辛いけれど、

今一度、

初めて担当の患者の死を経験して、声を上げて泣いた時の気持ちを思い出そう。

 

そして、再確認しようと思う。

これからも、最善を、全力を、尽くすということを。

死ぬ気で勉強して、どんな患者にだって全身全霊で取り組むということを。

 

 

 

 

 

 

『今後に生かす』

それが今回、患者の死を経験した僕に出来る、

唯一の罪滅ぼしに違いない。

 

 

そして、それこそが、

医療の本質なのだ、と僕は思っている。

 

 

布施田泰之

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COMMENTS

  • 藤田昌寿

    初めまして。

    たまたま記事を読ませていただいた、救急外来て勤務する看護師です。

    何気に読んだ記事ですが、こんな夜中ですが、この記事を読めたこととこんな先生がいる&こんな思いのdoctorと仕事がしたいと素直に思えました。

    業務の前に人間としての生き方に共感を覚え共存したいと素直に思えました。

    言葉が適切なのか分かりませんが、頑張ってください。

  • 薬学生

    悲しい現実が前につき出された状態でも、医師として前を向いて歩いて行かないといけない。

    末期であっても、最期にこのような先生に出会えて患者さんもよかったのではないかと思います。

    そもそも、専門分野が細分化された医学においては、今回の件は、致し方ないことかもしれませんが、やはり精神疾患と
    誤診され続けてきた患者のことを思うと、悲しみしか残らないものです。

    薬学においては、求められる力は医学とは違うかもしれませんが、総合的な全身における疾患に対する知識も持ち合わせていくことが求められているのではないかと思うようになりました。

    先生のお気持ちに水を差してしまったのなら、申し訳ないです。これからも、前を向き頑張ってください。

    薬剤師を目指して頑張っている学生からでした。

  • 通りすがり

    色々な意見があり、おそらく共感する人しか反応されないと思いますが、私には奢りや危険さを匂わせる文章に感じました。それ以上は申しません。謙虚さを忘れず頑張ってください。

  • 堀江

    布施田君は研修医の藤井4段です。

  • かれん

    たまたま記事を拝見したものです。とても心を動かされました。元彼が研修医だったので、その忙しさはしっていましたが、もし彼がこうした生々しい現場の話をしてくれてたら、書いていてくれたら、と思いました。忙しいなか書くのは大変だと思いますが、ぜひ、医学という狭い世界に押しつぶされないで、書き続けていただけると嬉しいです。また、よみにきます。