すぐに化学の問題に取り掛かった。
化学はある程度は得意な教科であったが、医科歯科の受験生という母集団で考えたときに得意といえるレベルではなかった。
その理由の大部分を占めるのは、
高3の8月の初めまでおれの第一志望が「京都大学経済学部」の理系枠だったという事実だ。
そのため物理と化学は高3の5月くらいからほとんど勉強してなかったのだ。
これは受験においてかなりのハンディだった。
物理は暗記量がそこまでモノを言わないからましだったものの、
夏休みまでにがっちり化学の基礎を固められていなかったのは自分の中の不安要素であった。
そういう理由で化学に関しては若干の苦手意識を持ったまま受験に臨んでいた。
しかし、計画でいえば物理で50点とれたならば化学では30点でよい。
自分の解ける問題を確実に解けば30点には届く、落ち着いて解こう。
点数をかき集めよう。
そんな気持ちで問題と対峙していた。
化学は大問が3つある。
冷静に問題全体を見渡して大問1からとりかかる。
大問1の問1,2はただの計算であり、時間はかかるも解き切る。
しかしそれ以下の問題は全然確信の持てない答えをだすにとどまっていまった。
その値が正しいのかもわからないが煩雑な計算により時間はものすごく取られてしまった。
すぐに大問2にうつる。
すると、
ホルマリン!?
内心ドキッとしたが、ホルマリンとはホルムアルデヒドの約30%の水溶液であることは覚えていた。
しかし、
それだけの知識では解けない。
恐ろしいくらい解けない。
問1から構造式が全然分からず適当に書いた。
さらにそれ以下の問いも全く分からなかった。
大問2は完全におわっていた。
やばいぞ・・・
数学でゼロ完の上に化学もできなかったとなると相当まずい・・・
無理やりにでも自分の気持ちを落ち着かせて大問3へうつる。
こんどは逆にある程度サクサクと解き進めることができた。
計算問題も答えを導き出し、手ごたえはあった。
この時残り時間10分。
見直しをさっと終わらせ、大問2を最後まで粘る。
結局大問2に進展はないまま、
「試験をやめてください」
という試験官の声が響く。
終わった、か。
物理でものすごく手ごたえを得たものの、化学のことまで考えると合格はまだ英語にかかっていると言わざる得なかった。
しかし、数学が0完な自分にとって物理が調子よくまだ合格の望みをつなげたということはそれだけで大切なことだった。
次の英語まで1時間以上の休み時間がある。
これまで1年半以上愛用してきたシス単をカバンの中から取り出す。
このシス単には思い入れがあった。
高2の夏に行った東大のオープンキャンパス。
そこで高校側が東大に行った卒業生を呼んでくれて座談会というものが行われた。
その時東大生の全員が「シス単をやっとけば大丈夫」と豪語していた。
それを聞いたおれはまだ高校で英語の順位が3ケタだった高2の夏からずっと使い続け、英単語はこのシス単、音読は速単で英語の成績もうなぎのぼりにあげてきていたのだ。
「反復こそが勉強の要」
ということを意識して、シス単と速単はどちらも1年以上使い続けてきた。
そのため自分の手にあるのはボロボロで書き込みもたくさんしてあるシス単だった。
しかし、このシス単はほぼ100%覚えているという事実がおれに自信を与えてくれた。
昨日の夜にチェックしておいた単語を見直し始める。
それほど量はないが精神を落ち着かせるためスピードにはこだわらずゆっくりページをめくっていった。
また、残しておいたおにぎりを一つたべ、トイレも済ませておいた。
時は来る。
最後の試験である英語の時間である。
その時を迎えたおれの精神状態は極めて良好であった。
これできまる。
この1時間半の集中できまる。
絶望からはいあがったおれとしてはそのことが全然プレッシャーにはならなかった。
むしろ、単純明快なこの状態はおれの集中力を高めてくれた。
さぁこれで白黒つけよう。
英語の問題用紙が配られる。
東京医科歯科の英語はかなりくせがあり、おれはそれにむけて対策してきた。
問1が単語の問題であることも知っていた。
だからこそシス単の復習にも時間をかけたのだ・・・・・・
あれ・・・?
問1、2が医学科の解く問題からはずされてる?
どういうことだ・・・??
試験開始直後。
俺の心は先ほどの冷静さとはうらはらに乱れていた。
続く。