2年前の今頃、僕は意気込んでいました。
「絶対、”デキレジ”になってやる!」
国家試験に合格し研修医として働き始めることが決定して、
それまで不真面目な医学生だった僕は、
研修医になってからは頑張る!デキるレジデント(研修医)、つまりデキレジと呼ばせてやる!と心に決めていたのでした。
それからというもの、
仕事中はもちろんのこと、仕事後や休日に勉強することも厭いませんでした。
「よく勉強してるね」
「プレゼンうまいね」
「あれ、3年目だっけ」
時折、かけられる言葉に一喜一憂し、
むしろ、もっと評価されなきゃ、もっと褒められなきゃ、と自分をかりたててていました。
「デキレジ」であることを自分に課していました。
しかし、そうしていると少し辛くなってくることがありました。
同期が褒められているのを聞くと嫉妬の気持ちにかられ、
勉強したことが上級医や同期に披露できないと無駄だったと感じ、
「頑張っている風」「仕事できる風」に見せることが一番大切なことになってしまいました。
そんなときに、ある患者さんに言われました。
それは2か月間のローテーションを終え、その患者さんに会えるのが最後になってしまった時にかけてもらった言葉でした。
「私、もう合計で何年も病院にいるけど、先生は毎日会いに来て話してくれて、こんなに笑った1ヶ月初めてだわ。退屈な入院生活も楽しかった。
きっと先生の人柄ね。ありがとう」
その方に、医学的に僕は全く貢献することができなかったのに、
そう言ってもらえたことが心の底から嬉しくなりました。
そして、褒めてくれたのは「人柄」で、
僕が何か月も必死で勉強してきた医学知識や獲得してきた手技ではないことにビックリしたことを、今でも鮮明に覚えています。
「あぁ、そういえば自分が医者になったのは誰かを笑顔にしたかったからだ」
「デキレジなんてものは、上級医からの、同期からの、後輩からのただの”評価”にすぎず、自分の最終目標にはなりえない」と気付き、ハッとしました。
僕はどこか「医師としての自分の価値を高めること」「医師としての自分が評価されること」ばかりを考えて、
「患者さんのために」生まれた医療の目的を見失っていたようでした。
それからは、周りからの評価ではなく、「患者さんのため」を軸に仕事や勉強をするようになり自分がやるべきことも明確になって、
自分を大きくみせたい気持ちやそのために自分を誇示する必要もなくなり、気持ちがすっと楽になったのを覚えています。
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この文章を読んでくれている人の中で、
「よし、デキレジになってやる」
と意気込んている人も多いと思います。
その意気込みは個人的には大好きで、患者さんのためになることがほとんどなのでぜひ頑張ってほしいと思います。
ただ、「デキレジと呼ばれる」という”職場での評価”を自分の目標の全てにすると辛くなってしまうときもあると思います。
そんな時に、
「デキレジを目指すのも、最終的には患者さんのためだったな」
ということを思い出してほしいです。
「病気があって医学が生まれ、病人があって医療がある。
その逆はありえない」
患者さんはあなたの手技の練習台ではないし、
患者さんはあなたが勉強するための貴重な症例でも、あなたが優秀であることを証明するための題材でもありません!
いつまでも、目の前の患者を真摯に思うことのできる医師でいてください。
それでは、4月から頑張ってください!
陰ながら応援しています。
布施田泰之
あと、圧倒的臓器愛を深めることが出来れば医者って本当に楽しいよ。