川良健二の過去 〜京都大学を中退して医学部を再受験したわけ〜

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ケンジです。

旅も終わりに近づいてきました。

ただいま、ニューヨークからバンコクに向かう飛行機の中でこの記事を書いています。

 

なんで急に自分の昔話なんて書き始めたんでしょう。

旅の終わりで哀愁に浸っているのでしょうか。

それもありますが、理由がもう一つ

 

 

 

飛行機内の端末で聞いたある曲が、ぼくに過去を思い起こさせたから。

 

 

 

そしてその曲とは

「CHE.R.RY」/ YUI

♫ こーいーしちゃったんだ、多分、気付いてなーいでしょう〜♫

 

です。

 

意外ですか?笑

普段あまり音楽を聴く機会は無いのですが、この曲は何故かぼくの人生の中に色濃く刻まれています。

 

ぼくがまだ京都大学に在学中で、確か1年生から2年生に上がる時に初めて聞いたので、2007年の3月ごろにリリースされた曲ではないでしょうか

間違っていたらごめんなさい。

 

 

 

 

 

当時、京都大学キャンパス内にある建物の一室、サークル用の部屋を改造して出来た秘密基地のような場所がありました。

詳細な情報は伏せておきますが、「××××× RIOT」と言えば分かる人には分かると思います。

 

 

 

 

 

普通の京大生になることを厭う京大生、

普通の京大生になれなかった京大生

 

日が暮れると、その“秘密基地” には、良くも悪くもちょっと変わった京大生が集いました。

夜な夜な誰かれとなく集まれば、時に崇高で、時にひどく下卑た議論を交わし、

その基地の中にいるだけで、「普通」という世界から一線を画した場所に自分を置いているような、奇妙な安堵感を得たものです。

 

 

それがぼくたちの何かを磨き上げたのかどうなのか、わかりません。

でもとにかく間違いなく、ぼくの青春時代のようなものがそこにありました。

 

 

 

そして上に挙げた2種類の京大生の中から、当時の自分を表すものを選ぶとすれば

 

 

 

 

両者

になると思います。

 

 

普通の京大生になることを厭い、また、なろうとしても普通の京大生になれなかった京大生

 

平たく言えば、

ぼくはほとんど大学に行くこともせず、単位も取れず、世間を罵っているだけの大学生でした。

 

 

 

高校3年生の1年間、大学受験ということに全力を注ぎ、将来なにをしていいのかも分からないまま入った京都大学工学部

ぼくは大学1年生の時点で燃え尽きていて、なにをどうしていいのか、わからなくなっていました。

 

 

努力に対して、すぐさま目に見えて結果が出るものにしか注力できなかった自分。

なにか将来の定まらない、目に見えないものに対しては、

「学校に行く」

という些細な精力すら注ぐことのできなかったほどの潔癖体質

 

言い訳を取り去ってしまえば、

怠惰

の一言に尽きるでしょう。

 

 

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話は戻りますが、そんな大学生時代、その秘密基地で年度の変わり目に聞いて衝撃を受けた曲が

「CHE.R.RY」/ YUI

でした。

 

なんて清々しくて、爽やかで、春の訪れに相応しい曲なんだろう

聞いているだけなのに、なにか自分に纏わりつく汚穢を浄化してくれるような心地良さを覚えたこと、今でも鮮明に思い出すことが出来ます。

とにかく、当時の複雑で面倒な心情を「鍵穴」とするならば、まさに「合鍵」のように心の中へスッと入り込んできたのがこの曲でした。

 

そして、その曲を聴き終わった瞬間に決意したのです。

 

 

 

「きちんと授業に行こう」

「まっとうな京大生になろう」

 

 

 

 

 

 

 

しかし、結局ぼくはそうなれませんでした。

そんな陳腐な決意は脆いだけのもので、

授業に行かない日々が再び始まったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして自堕落なまま時は経ち、2009年

ぼくは京都大学を中退しました。

 

 

 

 

 

 

なぜ中退を決意したのでしょうか

そこには、深くも浅くもない、とある理由があったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

2006年から2008年は悩み抜いた3年間だったと思います。

大学に行かない自分を罵り続け、嫌い抜き、それでも大学に行かない、何とも呆けた頭で考えて、

結局、やっぱり答えは出ませんでした。

 

 

 

「自分は将来、なにをしたらいいんだろう」

「自分は今、なにをしたらいいんだろう」

 

こんな問いかけを続け、

 

頭に浮かんでは消える、自分の将来の可能性に対しては、

「どーせそんなもん、おれなんかには実現出来るわけ無いんだから」

などと悪態づき、考えることを辞める言い訳にしていました。

 

 

 

 

 

 

しかし入学から3年が経った、2009年1月のある日

ぼくの人生は大きく動くことになります

 

 

 

 

 

これといった理由もなく、友達と京都 東山の川沿いを歩いていた時のこと

その日、天気は大層な曇り、月は満月

 

 

どうしてでしょう

考えてみてもわかりません

でも、その日ぼくは気付くと友達に告げていました。

 

 

少し前から頭の中に浮かんでいたけれど、

当時の自分から考えればほとんど実現不可能な、

小さな小さな将来の希望を、友達に告げていました。

 

 

 

 

 

 

 

「おれ、医学部に行って医者になるよ」

 

 

 

 

無理だろ、ってバカにされるのが本当に怖かった

3年間怠け続けた男に、そんなこと出来るわけがないって

否定されるのが本当に怖かった

 

 

 

 

 

 

 

でも

友達は

 

「やれよ」

と言ってくれ、

 

 

 

「こんなぼくでも、目指すだけの権利はあるんだな」

 

と、安心と満足感の入り混じったとても暖かな気持ちになりました。

 

 

そしてその瞬間、くぐもった空の隙間から満月が顔を出してぼくたちを照らしてくれたのです。

 

「もしかして頑張れば行けるかもな」

 

満月が、ぼくをそんなポジティブな気持ちにさせてくれたのを覚えています。

 

 

 

 

 

 

そしてその後、ふと考えました。

なぜぼくは医者になりたいのだろう。

そもそもはじめは軽い思い付きだったのかもしれません。

 

でも、なぜ思い付いたんだろう。

深く考えてみると、理由がありました。

 

 

 

当時のぼくは本当に自堕落で、とにかく自己嫌悪が強かったと思います。

自分に価値なんてあるのかな、本気でそう考えたこともありました。

 

 

それでも、本当に些細なことで

 

例えば、

 

電車で席を譲ったり

人に道を教えてあげたり、

飲食店でアルバイトをしてみたり、

 

 

本当に些細なことでも人の役に立った時、

自分に価値が生まれているのを感じました。

そして当時のぼくにとっては、そんな些細なことでもたまらなく嬉しくなる瞬間があったんです。

 

 

 

じゃあ

将来どうやったら人の役に立てるのかな?

 

 

 

 

ぼくの頭に最初浮かんできたのが

 

「医者になる」

 

ということでした。

 

 

 

もちろんどんな職業も、誰かの役の立つからこそ存在しているわけですが、

この時頭に浮かんだのは、医者になるということでした。

 

 

そして、医者になるということがすぐに思い浮かんだのには、親の影響があったと思います。

高校生当時、親はぼくが医者になることを望んでいました。

でもぼくは、将来の職業がそこで決定してしまうことに恐怖を覚え、また医者になるという覚悟も出来なかったため、

反発・反抗という形でその意思表示をし、

結果として親元を離れて京都に行くことに決めたのでした。

 

 

 

 

 

3年経ったいま、

そうして反抗してしまったこと、またこの3年間を自堕落に過ごしたこと

こうしたことへの罪滅ぼし・償い

 

医者になったら、そのほんの少しでも出来るのかな

 

そんな建て前的な考えもありながら、とにかく単位の足りていない大学を中退して、

1年間勉強をして医学部に入ろう

そう決めた満月の夜でした。

 

 

 

 

 

 

中退してからの1年間、文字通り死に物狂いで勉強をして、現在在学中の東京医科歯科大学医学部に入学することが出来ました。

 

 

そしてそれから約5年が経過し、休学

世界一周の旅の終わりかけ、飛行機の中でこんな回想に耽っていたわけです。

もちろん、昔だって今だって、親に迷惑をかけているし、他の周りの人にも迷惑をかけているでしょう。

でも、もう自分を罵ることはしません。自己嫌悪にもなりません。

 

 

 

今は、

 

迷惑をかけた分だけ、またがんばって恩返し出来たら良いな

 

と前向きになれています。

 

 

 

 

ながーい休憩はもう終わり

帰国したらがんばろう。

 

 

この記事のあとがきはこちら
川良健二の心を動かした言葉 〜 “京都大学を中退した理由” のあとがき〜

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COMMENTS

  • 通りすがり

    はじめまして。わたしも他大学から再受験で医学部に入りなおしました。読んでいて誰かの役に立ちたいということにとても共感しました。わたしの場合は大震災がきっかけでした。自分の近くで人がたくさん死んでいってるのになにもできない虚無感。
    初めてみていきなりコメントしてすみません。また覗きにこようと思います。国家試験など大変だと思いますががんばってください!

    • 川良 健二

      tanimoさん、はじめまして。記事を書いた川良と申します。
      記事を読んでいただいてありがとうございます。同じように再受験で医学部に入った方から共感していただけるというのは嬉しいことです。

      ぼくは大震災を身近に感じる体験はしていないのですが、本当にたくさんの人がたくさんのことを感じ、色々な考え方の変更を余儀なくされた体験だったことと思います。

      コメントありがとうございました。もしよろしければまた覗きにきてください。
      国家試験がんばります!

      川良