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第1話 エピローグ
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そんなことをやっているうちに、早くもソウルで5日ほどが経ったある夜、ぼくは別の友達と一緒にいた。
彼はタトゥースタジオを営んでいた。ぼく自身はあまりタトゥーの類には興味は無いのだが、たまたま仲良くなった彼がタトゥーアーティストだったということだ。
決して広くはない彼のスタジオは、壁一面が淡い緑色に塗られており、なんとなく彼だけの秘密の穴倉に入り込んだような雰囲気を感じた。
そして一面緑のスタジオの中では、施術用のベッドが一つ黒光りしていた。
黒いベッドはその場の毒々しさをグロテスクに演出し、「タトゥーを入れるのか、入れないのか」とまるでその場で決断を迫るような、厳しい表情をぼくに突きつけていた。
それほど長くはない間、彼やその仲間と雑談をしていると、なぜか映画を観ようという話になった。
スタジオにはパソコンやモニターが置いてあり、それを使って観ようということだったが、ぼくが日本人ということもあって、日本映画を韓国語字幕で観ることにした。
有名な俳優の出演する少し古い日本映画で、タイトルは知っていたものの、観たことのない作品だった。
ここでは嫌な偶然が起きた。
その映画の内容をあらかじめ知っていれば、ぼくは見ることを拒否したかもしれない。
或いは、それでも、その場所でその映画を観ることには、意味があったのもしれない。
在日韓国人をテーマとしたその映画の中では、映画表現として嫌韓の意思を示すセリフが、何箇所にも盛り込まれていたのだ。
ぼくたちは韓国で日本の映画を観ていた。その劇中には、嫌韓表現が度々登場し、それをぼくは耳で聴き、彼らは字幕として目で視ていた。
こんな皮肉なことがあるだろうか。映画を巻戻して、そのシーンを誰も観ていないことにしたかった。そんなことが何度もあった。
それほどぼくの頭は、いたたまれない気持ちに占領されていた。
もちろん、その映画を見終わった後ぼくたちの関係の中に、何か出来たてのにきびのように、どうしても退治できない何かが残るようなことはなかった。
しかしその映画について、なにか深みのある感想を言い合うこともなく、その晩の会は解散となった。
もしかしたら彼らは、気分を悪くしたかもしれないし、或いは何とも思っていないかもしれない。
しかし別に義務などはなかった。
その映画を見て、何か持論を伝えなければいけなかったということなどはない。
ぼくは韓国が好きだ、とそこで言うのは簡単だった。しかし、そんなことはきっと映画の意図からは離れているだろうし、ましてや彼らが求めているのもそんな科白ではなかっただろう。
とにかく、その場では余計なことを言わず、国と国ではなく、個人と個人の付き合いを続けたいものだ、と考えながらまた他人の家に転がり込んで眠った夜だった。
さて、次に韓国へ来るのはいつだろう。そんな夜から幾晩も数えないうちに、ぼくは二カ国目の台湾へと移動することにしたのだった。
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第4話 「疑う人、疑われる人」 -台湾
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