第5話 「疑う人、疑われる人」 第2節 -台湾

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第1話 エピローグ

 

 

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 知らない国や都市に行くと、その場所の昼と夜の繁華街を見に行くのが癖であるとは言ったが、しかしただ本当に見るだけで終わるわけはない。
 
 その夜もどこかで一杯、と興奮気味に思案していたのだが、なにせぼくには金が無い。入れる店もかなり限られるだろう。

 寒々とした懐に差し込む冷たい風を感じながら歩くこと数十分、ぼくはとある一軒の小さなバーでビールを飲んでいた。

 台湾では啤酒と書くのだろう。日本には無い漢字を使っているが、これでビールの意味になる。

 台湾の一大繁華街とあって日本人の姿も多く、ほどなくして初老の日本人男性が入ってきた。

 諸外国で出会う日本人同士に特有だが、初めお互いの目を盗んで、様子を窺い合うような暗黙のやり取りが少しあり、それが済むと、ぼくたちはどちらともなく世間話を始めていた。

 台北の街歩きには、いささか手馴れた雰囲気を持ったその男性が、なんと別の飲み屋に連れて行ってくれるということだった。

 彼のことを即座に信用しきってしまうことは出来なかったし、きっと彼も即座に信頼を得られるとは思ってなかっただろう。

 奇妙な二人の関係性が、その場を滑稽なものに仕立てあげ、ややもすると二人の男は砕けた雰囲気で語り合っていた。

 疑ってかかるのが面倒になった、というのがぼくの本音だったのかもしれない。

 口の中にできた腫れ物のように、一つ一つの動作を厄介にさせるその疑念というものを、早々に投げ捨ててしまっていた。

 近くであるというバーに着くと、年の頃は定かではないが、色気に溢れたママが出迎えてくれた。例の男性は何度かここに来たことがあるようだった。

 その店にはもちろん女性の客もいたのだが、基本的にはホステスのような台湾人女性が、カウンターの中や外で、男性相手に接客を行っているような場所だった。

 高い金は払えないのだが、と思案顔でいると、それを察した例の男性が、ぼくに話しかけた。

「大丈夫、ここは安いから」
「え…まあはい、わかりました」

 ぼくを落ち着かせるための彼の科白は、まるで歌舞伎町のポン引きのような謳い文句だったが、それとは逆に、その時の彼の顔つきは、妙に紳士然としたものだった。

 釈然としない気持ちがぶり返してきたが、さきほど投げ捨てた「疑念」と共に、それもまた放り投げてしまうことにした。

―なんでもいいから飲んでしまえ

 そう思い飲み始めると、30分も経たないうちに、別の日本人男性が一人で店に入ってきた。

 30代の半ば頃だろうか、小奇麗にスーツを着こなしたその男性は、いかにも海外出張で来たという雰囲気で、それでも変に気張った感じもなく、ぼくたち三人の日本人は、その場ですぐに打ち解けることになった。

「君は、一人で台湾に来たのかい?」
スーツの男性がぼくに話しかけた。

「はい、一応これから世界一周旅行をしようと思って」
「それはすごいもんだ。応援しなくちゃいけないね」

 彼は素直な表情を浮かべながらそう言った。

「いえ、大学も休学して、目的もないので大したことではないと思います」

「だからといってみんなが出来ることではないんだ。そうやって旅行したくても出来ない人の分まで、存分に楽しんできて欲しいと思うよ」
と、初老の男性は鷹揚な口ぶりで割って入った。

「はあ、でも、楽しめばいい、というのは実は中々難しいことかもしれませんね」

 この時はそれほど重要とは思われなかったこの言葉だが、後になって段々と、ぼくの頭を侵食していくことになる。

 こんな調子で会話をしていると時間が経ち、ぼくは二人を置いて一足先に宿へ帰ることにした。

 宿に帰ると、先ほどチェックインした時には不在だった、例の知人が戻ってきていた。

 久々の再会を喜ぶのもそこそこに、宿にいた他の宿泊客たちも含めて、酒を飲みに行くことになった。場所は林森北路だという。

―さっきまでいた辺りに戻るんだな

 笑いだしそうな気持ちを抑えながら、なぜかさっきまでそこにいたことが後ろめたく、誰にも告げることが出来なかった。

 

 その後再び宿に戻って来てから、朝ベッドで目覚めるまでの記憶はあまりない。ただただ酷い頭痛と吐き気に目が覚めた。

どうやら昨晩は飲み過ぎたようだった。

 昨日、台北に着いた日の夕方、台湾名物であるという魯肉飯を食べて以来、この日食事を摂ることは出来なかった。

 甘辛く煮た豚の細切れ肉を、白飯の上に乗せただけの雑な大衆料理であったが、その煮汁と肉の脂が絶妙な具合で飯に絡み合い、口に入れた瞬間に何とも言えない幸せな気分になったものだ。

 もっとも、そんな味覚の記憶も、この日のぼくにとっては、ただ吐き気を催すだけのもので、薄暗いベッドの上で、魯肉飯の味をなるべく思い出さないように努力していたのが、ひどく惨めであった。

 そして、それに輪をかけてぼくを惨めな気分たらしめたのは、明くる日に訪れた観光地の九份であった。

 

 

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第6話 「疑う人、疑われる人」第3節 -台湾

 

 

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