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第1話 エピローグ
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ぼくが台湾の台北に降り立ったのは、2月6日のことだった。知人を辿って台北車站の近郊で宿を取った。
その知人というのも、2014年の夏に、東南アジアを周遊した時に出会った日本人旅行者であり、彼女が偶然にも台北市内のゲストハウスで働いている最中だと知って、その宿に身を寄せる結果となった。
話のついでであるから、その東南アジア周遊についてここで触れておくことにしよう。
そもそも今回、世界旅行に出かけた動機の一つには、その東南アジア周遊があったのかもしれない。
一ヶ月をかけて、タイ・ラオス・カンボジア・シンガポール・ベトナムを観て回ったその旅行は、ただただ新鮮で楽しく、またその際にはたくさんの世界一周旅行者に出会った。
この時のぼくは、特にラオスやタイ南部の島々などを訪れ、その都度一度バンコクに戻っては後の計画を練る、というような長期旅行を楽しんでいた。
当時印象的だったのは、バンコクに戻るたび同じ宿に同じ人々が滞在し続けているのを見たことだった。
手段は色々だが、彼らは1年や1年半などの時間とそれに見合うお金を得て、世界一周を目論む人々であった。
旅のまだ序盤、東南アジアで過ごす1日1日は、その後の1年ということを考えれば、ほとんど無限に広がる時間にも感じられたことだろう。
とにかく、1ヶ月という有限な時間を忙しく動くぼくの目には、その時の彼らがひどく羨ましく映り、いつかこんな贅沢な時間を過ごせたらなぁ、と妄想に耽っていたのであった。
そして2015年2月、大学を休学して得た、8ヶ月という無限にも思える時間を手に、ぼくは台湾の地を踏んでいた。
自由過ぎるが故に縛られているような気がした。
それはまた、得体のしれない義務感に、頭から押さえつけられているようでもあった
「何をしよう」という興奮と、「どうしよう」という不安が同時に脳内を占拠し、台北車站の目の前で体が火照り、次第に毛穴が開いていくような感覚に襲われた。
2月の台湾は、つい先ごろまでいた厳寒の韓国と比べると、まるで温室の中にいるかのように暖かかったが、気が付けば半袖の肌を撫でる空気は思ったより冷たく、街には風が吹きすさんでいた。
台湾の気候をきちんと調べずに、「沖縄よりも南だから」と安直な考えで、半袖の洋服に着替えてしまったが、宿についてすぐその考えを改め、再び長袖のシャツに袖を通した。
暑さに飢えていたのだ。
そんな暑さに対する飢えを、何か代わりのもので潤す為だったのだろうか。夜になるとぼくは、ひとりでに街へ繰り出していった。
林森北路という場所だった。
台北の大きな繁華街であり、特に日本人向けのクラブやパブなどが軒を連ねる場所だ。
日本人を安心させようとしたり、あるいはただの商売相手として見なしていたり、その両方の雰囲気が揺蕩う、少し怪しげな場所であった。
これはぼくの癖と言えるのだが、その街のいわば表の顔と夜の顔、言い換えれば昼の繁華街と夜の繁華街、このどちらをも見てみないことには、気がすまなかった。
それは、独りで旅をしながら生み出した、処世術だったのかもしれない。独りで旅をしているのに、灯に群がる夏の虫のように、繁華街へと吸い寄せられていくのだ。
否定はいつもしなかった。そんな矛盾に身を浸して楽しんでいた。
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第5話 「疑う人、疑われる人」 第2節 -台湾
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